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    [4] ブリュノコンサート 3 


■ コート・ノール --- 4月16日 ベコモ / 17日 セティル

 16日はモンマニーからベコモへの大移動。直線距離で300km、そこにサンロラン河(セントローレンス川)のフェリー越え62kmあり(大阪−京都間が約50kmだそうですから・・・)、車で朝9時半に出て到着したのは夕方。
 走っても走っても地平線が続くケベック。4月なのに平地に残る雪、岩でできた山、向こう岸の見えないサンロラン河・・・想像通りいろんな発見の一つ一つに喜びました。
 しかし、さすがに体は疲れます。ブリュノもミュージシャンもこの距離をこのしんどさでもって移動してるのか・・・。コンサート会場で私たちファンは椅子に座ってればいいけれど、彼らはショーで観客を楽しませなくちゃいけない。慣れはあるだろうとはいえ、ブリュノたちのほうがはるかに大変・・・。

 翌日のベコモからセティルへの移動は短く、車で3時間半くらい。前日に比べればずっと楽ちん。車内では当然のようにブリュノの曲がかかるのですが、すでに「座って踊る」ということをコンサートで続けていたために、座っている状態でブリュノの曲がかかるとまるで「パブロフの犬」のごとく体が条件反射で動き出す・・・。いかんいかん、体力は夜まで温存しておかなくては。
 そのコート・ノールでやっと歌ってくれた「Un monde a l'envers」、その演出がちょっとドキドキするくらい素敵。ベコモではこの曲がアンコールで、セティルでは2幕目のトップ曲になってました。「Marie reve」を歌ったのはセティルだけ。
 それぞれのショーに、歌手自身の歌い方や進行の仕方の細かい違いがあるだとうとは思っていましたが、曲の配置や演出を様々に変えているとは思っておらず、それが意外でした。
 それは観客のためというより、彼ら自身がツアーをより楽しむためでもあるのかな?



■ La Manic ラ・マニック

 「Cote nord コート・ノール」といえば、名曲「La Manic ラ・マニック」に出てくる地名。本物のラ・マニックも遠くはない場所。

 セティルでブリュノが「La Manic」を歌った時のこと。出だしを少し歌ったところで、ブリュノの声が裏返ってしまい、彼は歌うのをやめました。ブリュノは自分でも少し驚いた様子。そして「ごめんね」と言ってステージの後ろのほうに置いてあった水を飲んでから、再びマイクの前に立ちました。

 こういう感動的な歌が途中で途切れた時、もう一度同じ状態に持っていくのは決して簡単なことではないはず。でも、私はあまり心配しませんでした。少なくともブリュノは落ち着いて見えました。
 ブリュノは自分の感情を隠したのかもしれないし、私の席からよく見えなかっただけかもしれません。ただ私には、ブリュノなら大丈夫・・・そんな信頼感がありました。気になったことといえば、最初から歌いなおすのか、やめたところからか、ということぐらい。
 マイクの前にたったブリュノは、やめたところからすっと歌い出しました。本当に自然に、途中からとは思えない感じで。そしてそんな出来事を忘れさせるくらい素敵に歌い上げました。

 それを聞きながらふと思い出したのは、とあるピアニストのインタビュー。バルチモア交響楽団の指揮者でもあったレオン・フレイシャーによれば、「ペダルのふみ違いや音の間違いは伝えるべきメッセージの邪魔にならない限り、重大なミスではない。我々は人間だ。演奏会が完璧なものであることは絶対にない。ノーミスで演奏する者は、完璧な演奏に神経を集中しているがゆえにたいてい、語るべきことがほとんどないのだ」 でも私はこの文章を、理解はしながらも心のどこかで「でもやっぱり間違えないほうがいい」という気持ちを持っていました。
 でもこの「ラ・マニック」を聞いて、体の芯まで納得できたのです。

 「ミスをする」ということと、「素晴らしく歌う」ということは同時に同じ歌の中で起こりえます。でもそれは全く別次元のこと、「間違えた・間違えなかった」というのは、素晴らしく歌った結果として後からついてくるだけ。それはごく表面的なことで、歌全体として見てみればたいした違いではないのです。例えば、オレンジの皮に傷がついていたとしても、それが実の甘さとは関係がないように。
 フレイシャーの言葉を借りるなら、ステージで歌うブリュノの歌にはたくさんの「語るべきこと」がありました。今回の出来事は、むしろ私にとっては、ブリュノがいかに「語るべきこと」に集中しているかということの証しだったのです。

 でも、もし私がコート・ノールでのこの2つのコンサートを見ていなければ、そして深く深くブリュノの歌を聞いていなければ、このことはわからなかったかもしれません。歌はオレンジのようにはっきりと皮と実にわかれていませんから。表面的な傷を全体のものと捉えて、ここに書くことをためらったかもしれません。
 
 私は「ラ・マニック」の地で、ブリュノの本当の「声」を聞いていたような気がします・・・。
 

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「彼方へ」 4

Bruno Pelletier Japan