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    [2] 修行僧のごとく 



パリでは名の通ったコンサート会場(らしい)バタクラン。隣のバタクラン・カフェでお茶しましょう。
■ 寒風に吹かれて

 さて、そこからは、入り口の外でただひたすら「待ち」の態勢。
 それでも最初はみんな適当に着た順にたたずんでいて、早々に着いていた私たちはブリュノのリハーサルの声が漏れてくるのを味わいながら(笑)、結構余裕の気持ちで待ってました。
 ところが、5時くらいになって、係りの人がいきなりだいぶ離れたところに柵を作り、そこが「待ち」場所となったのです。みんな走っていったけど、最初の列はぐちゃぐちゃ〜〜、待っていた順番もぐちゃぐちゃ〜〜〜。まあ、そういうことはある程度予想していたけど・・・。

 しかし、この柵の中が、別にそこまでギューギューする必要もないのに人口密度がものすごく高くて、かばんに入れてる水も取り出せないくらい・・・。体をほとんど動かすことができず、本当に本当に疲れ果てました。昔の古傷(ただの手術跡)も痛み出す。滝に打たれる修行僧のごとき心境。苦しんだだけの浄土(=楽園)が待っている・・・はず・・・。
 この6時間近くに及ぶ苦行も、後で知り合いに語ったところで、「こんなに待ったんだよ〜〜」「大変だったのね〜〜」の一言で済んでしまうのね・・・(こんなに苦しいのにぃぃぃ)。もしかしたらこのままパリの路傍の石と成り果てるかもしれない・・・などと、思考がずいぶんマイナーになる。

 6時くらいに開場するかとみんな期待していたけど、結局開いたのは7時半くらい。入り口で係員が「何人?」と聞いてチケットを枚数分受け取り、そのグループごとに案内してくれたので、中へ入ってから押し合いへし合いのダッシュ、というのはなくて済みました。その辺はよろしい。
 案内された席はセンターブロックの3列目、右端から2番目。ケベックでのツアーに行った人の話では、左よりがいいという話だったけど、まあここでも充分、充分。寒風に吹かれる修行僧をした甲斐があったというものだわ。
 




■ バタクラン・コンサート一日目

 コンサートがいよいよ始まり、ブリュノ登場。さすが3列目、オペラグラスなしでも300ミリ望遠レンズなしでも、ブリュノの顔がくっきりはっきり見えるようぅ〜〜〜〜(感涙)。

トム・ジョーンズ歌ってまーす♪もちろん、普段は小指立てたりなんてしませーん、銀ラメのジャケットなんて着ませーん。
 コンサートはロックあり(かっこい〜!)、聞かせる曲あり(うっとり〜!)、お笑いあり(=トム・ジョーンズのモノマネ。ブリュノ、それそのまんま花月(吉本興業の劇場)に持っていっても大受けだと思うよ・・・>ほめ言葉)、ブリュノ・ペルティエの真髄を堪能!最新アルバム「Un monde a l'envers」の中の曲がメインでしたが、古いアルバムからも私の好きな曲がいくつも選ばれていて、大喜び♪
 でも、ブリュノが他の人(例えばブリュノに曲を書いてくれたシャルル・アズナブール)の歌を歌ってくれても、ぜっんぜん知らないっ!(まわりは皆知ってる・・・)ブリュノが歌うから素敵なんだけど(笑)、自分がいかに音楽音痴であるかを再々認識・・・(泣)。
 他の人のとある曲を歌ってるのを聞きながら、「今まで聞いたどの声とも違うわ〜〜」と思いました。声だけ聞いてたら、ブリュノってわからないんじゃないだろうか、私。さすが「百の声と千の顔を持つ男」ブリュノ・ペルティエの本領発揮。

 コンサートの最後に、ブリュノが「みなさんとカラオケがしたい」と言いました。実はあちらではカラオケという単語は、「他の人と一緒に歌を歌う」という意味で使われていて、それは一応知っていたけど、ブリュノの口から日本の単語が出てきて、ちょっと嬉しい。
 そして・・・「みんなが知っている曲」というその曲は、「ノートルダム・ド・パリ」でブリュノが歌った一大ヒット曲「Le temps des cathedrales カテドラルの時代」。
 実はコンサート直前、友達からブリュノがこの歌をケベックで歌って、しかも舞台から降りてきて歌った、という話を聞いてました。でも、パリのファンは特別(過激ということらしい)だから、降りてはこないかも・・・と言ってました。
 どうするんだろうと思っていたら・・・ブリュノが降りてきた!!!!そして、客席の通路を歌いながらゆっくり通り過ぎていきました。私は通路から2番目の席にいたので、ブリュノが通りかかった時にひょいと通路側に頭を傾けたらブリュノと目が会って、笑いかけてもらいました・・・♪
 
 ブリュノのファンになったのはこの曲、そしてその曲を一緒に歌いながら、至近距離でブリュノを眺められる・・・。正直言って、あまりにヒットしすぎた(たぶん)この曲のイメージをブリュノは払拭したがっているんじゃないか、と思っていた私は、もうこの曲を生では聞けないかもと思っていました。とあるインタビューではブリュノは「みんな『カテドラル』を聞きたがるだろうね」とも言っていましたが・・・。
 半分あきらめていた「カテドラル」、やっぱり嬉しかったです。私の原点だから。
 でもね・・・「カテドラル」を歌ってた時のブリュノは今と全然違って長髪だったんで、なんだか別人みたいなんですけどね(笑)。

 コンサートが大興奮の中無事終了して、私は友達の席のところで、みんなが帰るのを待っていました。すると、責任者の方が近くの扉から出てきて、会場の契約があるからもう閉めなくてはいけない、ブリュノが出てきて5分だけみんなと会うからそれで大人しく帰ってほしい、でもサインや写真はだめ、5分間だけ、と言いました。おおおお!ブリュノにまた会えるんだわ〜〜!

 言葉通りブリュノが出てきて、図らずも近くにいた私はブリュノのどまん前20cmくらいの距離で5分間(推定それ以上)ブリュノを見ることができました。もっともブリュノは私の顔を見ることはありませんでしたが、他の人がまたヨーロッパツアーをやって〜〜などと今後のツアーの話になったので「日本にも来て〜」とちらりと言ってみると、さすが20cmの距離で聞こえたんでしょう(そりゃまあ)、「日本ね〜〜」とブリュノはちょっと苦笑いという感じで笑ってました。まあね、今は無理だけどね、ひとたびノートルダム日本公演でもあった日にゃあファン激増するから(ロシアで今そういう状態だし)、だいじょーぶ、だいじょーぶ!

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パリで一緒に 2

Bruno Pelletier Japan